The Flowers Beneath Your Feet

出戻りジャニオタがたまに長文を書くところ

昔書いたアイドル(BiS)の記事を読んで、それからジャニヲタになった今の心境とか

3年前、ロッキンオンがやっている音楽文というサイトにアイドルに関しての文章を投稿した。


私なりのCHANGE the WORLD – BiSが世界を変える (れな) | 音楽文 powered by rockinon.com http://ongakubun.com/archives/1201


このときはジャニーズではなく、BiSというアイドルを追っていた。

ジャニヲタに出戻った今、女子ドルのほうはめっきり在宅となってしまったが現在BiSが所属するWACKという事務所が公開オーディションをしているので久しぶりに自分の書いた文章を読み直していた。

当時の心境に付け加えるならば、わたしはBiSに自分の諦めた夢を託している一面もあったのだと思う。そういう応援の類は否定できない。


そして現在のわたしは中学生ぶりにジャニヲタとして返り咲き、のうのうとオタクをやっている。

まぁ、のうのうなんて呑気なものではなく昨年は転落による骨折で一ヶ月入院、仕事は病気やリハビリのこともあり契約解除。現在たまにお小遣いを稼ぐだけの無職のオタクをやっている。


投稿した文章には書いていないが、BiSを追っていたときも、そして今も、心療内科に通院し治療をしている。投稿した文章にも書いているが、夢破れた理由のひとつである超過労働などが原因と思われている。(それが解消された今も通院が必要とされているので、あくまでもその当時は、の話)


無職になったのはこれが原因のひとつなんだけど、まぁそれは置いておいて、女子ドルとジャニーズで応援の仕方(というか自分のスタンス)何が違うんだろうかと考えてみたりした。


まず女子ドル。わたしの通っていたアイドルオタクの距離が近い。ツイッターもいいねくれるしチェキでお話もできる。認知もしてもらえる。認知はされたら嬉しい程度だった、わたしの場合。


一方ジャニーズ。SNSは一部解禁されたが基本的には一方的に供給されたものを見るだけである。認知はほぼないし、されたいとも思わない。でも運良く当たった現場でファンサはされたい、これもわたしの場合は。


こうして見ると、アイドルの規模に合わせて我ながら柔軟に対応しているし応援スタンスとしてはあまり変わっていないように思った。


重岡大毅さん27歳によせて 自分のことと間違っちゃいないのこと - The Flowers Beneath Your Feet https://mememori.hatenablog.jp/entry/20190827/1566847412


わたしは現在ジャニーズWEST重岡大毅担である。

この記事に重岡くん作詞作曲『間違っちゃいない』によって勇気づけられ、救われたことが書いてある。

あのとき支えてくれたのがBiSの『CHANGE the WORLD』だったように、今のわたしには『間違っちゃいない』がある。結局追う人が変わっただけで、わたしは何も変わっていなかったんだな。

2019年現場まとめ

1/3 ジャニーズWEST

1/4 ジャニーズWEST

1/8 A.B.C-Z

1/11 嵐

1/14 Johnny's King&Prince Island

1/19 ストレイテナー


2/17 ジャニーズWEST


3/8 六本木歌舞伎羅生門

3/13 Maison book girl和田輪生誕

3/24 ミュージカル刀剣乱舞

3/25 Snow Man


4/16 滝沢歌舞伎

4/20 良い子はご褒美がもらえる

4/27 滝沢歌舞伎


5/6 クイーン・エリザベス

5/12 滝沢歌舞伎

5/17 嵐

5/25 ジャニーズアイランド


6/5 ストレイテナー/ACIDMAN/THE BACK HORN


8/4 Summer Paradise 2019

8/16 A.B.C-Z(2公演)


9/19 AVIOT LIVE:02


10/3 TETSUYA

10/14 Austin Mahone/w Travis Japan

10/19 ストレイテナー

10/20 ミュージカル刀剣乱舞 

10/22 ABC座ジャニーズ伝説


11/14 SANEMORI

11/16 SANEMORI


12/7 HYDE

12/5 嵐(ライブビューイング)


6月末に入院したので7月は珍しく現場がない月だった。(本当は五関さんの奇子に行く予定だった)サマパラまでになんとしても退院したくてリハビリ頑張ったなぁ…

Snow Manでいつも一緒に行ってくれる友人の本命がA.B.C-Zなこともあり、えびの現場も多め。

ジャニーズ以外はいつも行ってるバンドや、決まった女性アイドルで安定した一年だった気がする。

来年はジャニーズWESTのツアーと二大ドームが決定しているし、Snow ManアジアツアーV625周年とジャニーズでも忙しい予定だしL'Arc〜en〜Cielもすでに3公演確保済みなので忙しいことになりそう。来年はチケット代と交通費も計算してみようかな…

映画『溺れるナイフ』における大友という【普通】の存在

※別の場所にほぼ同じような文章載せてるんですけれど名前は違えどわたしなのでパクリではありません


今更のことだが、わたしはジャニーズWEST重岡大毅くんのことが好きだ。

好きになった理由はいくつかあれど、その一つに彼が出演した映画『溺れるナイフ』が挙げられる。



ジャニーズWESTのオタクならば履修済みの人も多くいると思うのだが、見ていない人はリンク開いてあらすじを読んでいる前提のブログである。

重岡くん演じる大友は主演2人に次ぐ役柄である。しかし3人の中では1人異質な存在である。世間から、大友目線からしたら2人が異質なのだそれがゆえに小松菜奈演じる夏芽に募せた大友の恋は実ることがない。

しかし作中、普通に生きていきたいと望む夏芽の側にそっと寄り添っていたのが大友だった。


夏芽が異質な存在であるのは端正な容姿に加え、芸能人であることや東京からの転校生であることなど挙げられるのでわたしの全て平均以下の生活ゆえに「普通に生きていきたい」とは境遇が全く異なるのだが、わたしは普通に生きたいと望む夏芽に寄り添う、普通の象徴である大友に惹かれる理由はそこにあるのだと思う。


大友は溺れるナイフにおいて【普通】の象徴であり、作品の神秘さと視聴者を繋ぐ役割も果たしていると感じる。大友のおかげで私たちは溺れるナイフという作品が取っつきやすい恋愛映画になったのだと思う。


とはいえ大友演じる重岡くんはジャニーズであり、アイドルである。いわゆる普通とはほど遠い存在なのだ。

にも関わらずここまで【普通】を演じることができ、夏芽に、そして視聴者に寄り添えるのは一体何故なのだろうか。


重岡くんを好きになってもうすぐ2年が経とうとしている。アイドルだと思うときもあれば普通の男の子のように見えるときもある。まだ私は重岡大毅というアイドルを掴めずにいる。

ジャニーズWESTのジェンダー観、古くない?

まずはじめに、これは担降りブログではない。どうなの?と思うことはあるけれどそれ以上に好きなところがたくさんあるので、今のところオタクをやめるつもりはない。でも、ちょっと吐き出させてほしい。


<b>ジャニーズWESTジェンダー観古くない?</b>


※太字タグですみません。気持ちは太字です。


もしかしたらジャニーズWESTのメンバーの一部なのかもしれない。でも番組の構成上、全員がそのような思考を抱いているように感じてしまうのは仕方ないと思っている。

前々から○○な女は…というコーナーをやっているレコメンなど、ジャニーズWESTジェンダー感に対しては疑問視を持っていたが、目を背けたくなったのは先日配信されたパパジャニWESTのキャンプ回であった。


Paraviにて配信されているパパジャニWESTで、三兄妹のパパになる回が配信されている(#12〜14)この回の配信は、妹にすぐ負かされてしまう兄を頼もしくしようというものが大きなテーマであったと思う。

そこで兄である男の子を、「男なんだから」と言ってあらゆる物事に挑戦させていたのだがわたしはそこに大きな疑問を抱いた。


妹たちにとって、頼りになる兄になってもらえたら親としても安心ではあると思う。でもそれは兄が年長者、人生の先輩に当たるからであって性別は関係ないと思うのだ。

男だから○○ができないといけないというのは呪いだ。わたしは「女らしく」という言葉や「女の子なんだから」と女を求められるととても苦しい。逆に、男らしさという呪いに苦しめられた男性もたくさんいるのだと思う。


ジャニーズという男性ばかりの社会の中で、なおかつファンの大半は女性という世界で生きていると男らしさを求められることに疑問視を抱かないのかもしれない。女の子らしい女の子になりたい子がいるように、自らの意思で男らしい男を目指している子もいるのだと思う。もちろん自らの意思なら全然構わない。目指す人間像があることは素晴らしいことだ。でもこれは他人が強要するものではない。強要してしまったら呪いになる。


どうか、今後パパジャニWEST内でジャニーズWESTのメンバーたちが男らしさや女らしさを子供たちに求めませんように。

いちオタクは願うことしかできない。大好きなジャニーズWESTに、これ以上不信感を抱きたくない。


ネガティヴなことをつらつらと書いてしまったが、番組中流星くんが「ソラ(例のお兄ちゃん)は優しいから、妹たちに強く言えないんじゃないかな」(ニュアンス)と言っていたのは救いだった。

わたしは優しいソラくんのままであってほしいと番組を見ていて思った。

重岡大毅さん27歳によせて 自分のことと間違っちゃいないのこと

重岡大毅さん、27歳のお誕生日おめでございます。
重岡くんの好きなところ、たくさんあるしお誕生日当日に言葉を紡ぎたかったけれど気持ちが落ちていたのでどんな言葉も陳腐なものに感じてしまって何も書くことができなかったので自分のことを書きます。

転職をするか迷っていた今年の2月、間違っちゃいないを大阪城ホールで聞いて転職を決意した。
間違っちゃいないの歌詞はプライベートは秘密主義な重岡くんが、ファンに心を許してくれたような気がして嬉しかった。と同時に重岡くんも一人の人間で、「なぜ同じ様に生きれないの」と悩む夜があるのだと思った。

転職したばかりだけれど、転職先はお給料以外は不満ばかりで。いつも心に間違っちゃいないを置いておけばよかったのかもしれないけれどそんな余裕もなかった矢先に転落して1ヶ月入院からの自宅療養で休職して。前々職のときからだけれど気落ちしやすい性格も相まって不眠等でメンタルクリニックに通っていたのが入院をきっかけに親の知るところになったから実家に戻ることになったり、なんだかこの半年間はめまぐるしかった。

「頑張れなくていい」「情けなくていい」と自担が歌ってくれることは救いだ。
怪我や病気、仕事のこと、周りは結婚していたりキャリアを着々と積んでいるのに遠回りして立ち止まっている自分を顧みて落ち込むこともあるけれど、次重岡くんに会えるときは少しでも元気な自分でいたい。

重岡くんの27歳が、どうか幸せでありますように。お誕生日おめでとう。
そして間違っちゃいないを作ってくれて、歌ってくれてありがとう。

他担がSexy Zoneの名脇役を語るだけ

2018年のジャニーズ楽曲大賞が発表された。
わたしは2017年の秋にジャニヲタに出戻ったため昨年は参加せずこんな企画があるんだなぁ程度に思っていた。

わたしは普段V6とジャニーズWESTを中心にオタク活動をしていて楽曲大賞は思い入れを抜きにして
1.曲として好きかどうか
2.グループとの親和性
3.どれだけ聞いたか
を基準に選んだのでまさかの担当であるV6は5位圏外となり投票をしなかった。対象となっていたのが4曲だけで少なかったのもあるけれど。

そこで今回私が2位に入れたのがV6、ジャニーズWESTでもなくSexy Zone名脇役だった。(1位に入れたジャニーズWESTの間違っちゃいないは自分の中の投票基準である3を無視してしまったんだけれど、1と2の時点で自担の重岡くん作詞作曲なのも加えぶっちぎってしまったので間違っちゃいないを抜きにしたら1位は名脇役。)名脇役は楽曲大賞では8位となっておりわたしのように他担からの票が75%と最も多かったとか。
今年の楽曲大賞1位は誰しもがシンデレラガールと予想しただろうし、わたしも3位に入れたけれど名脇役の方を上にしたのはどれだけ聞いたかという点で名脇役が上回ったからである。正確に再生回数がわかるわけじゃないから体感だけれど。(わたしは1度ひとつの曲を好きになると1曲リピートで次に好きになる曲が表れるまで延々聞き続けるという癖がある。)

前置きが長くなってしまったが名脇役の良さはSexy Zoneの楽曲であること、に尽きると思う。名脇役はV6やジャニーズWESTが歌っていたとしてもわたしはここまで好きになってなかったのではと思っている。
V6が歌うには幼すぎてしまうし、ジャニーズWESTには物理的な名脇役こと重岡大毅がいるから(贔屓目)あまり楽曲の良さが活きてこないように思う。 そして18歳から20代前半という今のSexy Zoneが歌うからこそ、そして主役級の美しさを兼ね備えているからこそ歌詞が活きてくるのだと思う。
そういう意味でわたしが楽曲大賞に趣を置いていた「グループとの親和性」が非常に高いのが名脇役であった、

わたしはSexy Zoneのことをあまり知らないが、主役級の5人が揃っていると思っている。だからこそ名脇役が映える。矛盾している文章だと自分でも思う。

わたし自身は名脇役の歌詞に感情移入できる年齢ではないが、Sexy Zone聞いているであろう学生は名脇役に自身を重ねることもあるのではないか。そして大人になった年代も、Sexy Zoneという若い世代が歌うことによって彼らと同世代だった過去を思い出すのではないかと思う。


2019.12.29 一部編集

オセローを観て イアーゴーとエミーリアの考察

新橋演舞場にて、我らがジャニーズWEST神山智洋くんがシェイクスピアの四大悲劇オセローに出演するので観劇してきました。

自担じゃないし一回観ることができれば…なんて思っていたけれど、一度見たあと帰りの電車でスケジュールを確認し、2回目のチケットを取りました。

面白いという言葉の表現は適切ではないかもしれないけれどそれほどまでに魅力的で引き込まれる舞台でした。


……と、オセローのあらすじやら神ちゃんが演じたイアーゴーの役柄に関して書いていたらキリがないので観ていない人はググっていただければと思いつつ、以下に書くことはオセローを観劇していないとわからないことばかりです。


そして個人的に、私は学生時代に芸術学(美学美術史)を専攻していたのですが学生時代オセローを見ていたらシェイクスピアの四大悲劇で論文を書いてただろうなというくらい深めたい題材でした。

この歳になっても勉強したいと思わされる作品に出会わせてくれた、オセローと出会わせてくれるきっかけをくれた神山智洋さんに敬意と感謝を。



※原作を途中までしか読んでいないので、間違えている部分も多くあると思います。これはあくまでも私の勝手な考察で憶測です。

 

まず、イアーゴーはなぜオセローを憎んでいたのか。まずひとつにオセローがキャシオーを副官に選んだことはロダリーゴーに話しているが、ふたつめの理由として自分の妻であるエミーリアとオセローに肉体関係があったという噂があったことではないかと思う。

二度目の観劇の際に気づいたのだが、ロダリーゴーへはひとつめの理由を一度話したきりだった。ふたつめのエミーリアの件は2回観客へ訴える場面があった。女には女を使って復讐をすると言ったような台詞もある。

でなければ、イアーゴーのような人物は本来オセローのような黒人の下でのうのうと従っているような人間ではないと思うのだ。ところどころ、黒人を差別するような台詞も見受けられる。

冒頭でロダリーゴーに、「なぜオセローのもとにいるのだ」と問われたとき人には向き不向きがあると言っていたが、もし自分が副官に選ばれていたとしてもイアーゴーは何かと理由をつけてオセローを陥れようとしたのではないかと思った。エミーリアの件がある限り。


エミーリアが本当にオセローと肉体関係があったのかは定かではない。これはイアーゴーも言っているし、本編でこのことが真実だったのかどうか語られることはなかった。

しかしエミーリアはデズデモーナに「この光の中で遊び(浮気)をする女なんて本当にいるのかしら」と問われたとき「この光の中では…しませんが、暗闇ならするかもしれませんね。それで世界が手に入るなら」と答える。ニュアンスでしか台詞を覚えていないのだが、夫の名声のためなら、他の男に抱かれると言ったようなことをデズデモーナに告白する。

つまり、夫であるイアーゴーのためにオセローに抱かれたとも取れる台詞である。


以上、短いものであるがオセローの考察である。もし、エミーリアがイアーゴーのためにオセローに抱かれていたのだとしたら、そのことがイアーゴーを悪魔に変えてしまったことになる。そしてそれを、双方は知ることはない。四大悲劇と言われるだけあって、悲劇の連鎖である。

そしてオセローがイアーゴーが全ての主犯であることを知ったとき、イアーゴーはオセローを陥れた理由を述べることもしなかった。



最後、イアーゴーは最後の力を振り絞りエミーリアの横へ移動し、亡くなったところで舞台は暗転し終演となる。

エミーリアの横へ移動するものの、エミーリアへ寄り添うことはしないのがイアーゴーらしいとすら思ってしまった。